明珍の火鉢について

明珍の火鉢は19世紀のはじめ、甲冑師がその技術を生かしてを作ったのが火鉢の始まりと言われています。最近では、火鉢に使う火箸を利用して風鈴が人気を得ています。火箸が触れ合ったときに奏でる澄みわたった音色は、日本的な風流を兼ね備えた逸品です。

姫路の代表的な伝統工芸品として明珍火鉢や火箸が広く知られる様になったのは、明珍火箸は打ち合わせると澄んだ音色と余韻が楽しめることから、明珍火箸を4本組み合わせた風鈴や魔除けにもなるドアチャイムとして注目されるようになってからです。

明珍の火鉢・火箸は明珍家52代宗理(むねみち)さんが考案されました。その制作の拠点となる明珍本舗は姫路城の北部にあります。明珍さんは、妙なる音を発する火箸風鈴で音楽関係者にも少なくないファンのいる工房です。明珍鍛冶は、中世から続く甲冑師の家柄で、その昔はお城から碌をいただいて甲冑の鍛錬をしていたのですが、明治維新と共にその仕事が途絶え、それに変わって、日用品である火鉢や火箸の製造に転身されました。その火鉢や火箸も戦後の燃料革命で日常的に用いられなくなっってしまったのですが、現在でも二本の火箸が触れ合ったときに出る精妙な音を付加価値として生かした製品を作り続けておられます。

明珍の火鉢の販売状況

明珍の火鉢は姫路にある明珍本舗の鍛冶場で手作りで作っています。鍛冶場の中央に鉄を熱する炉(燃料にはコークスを用いる)があり、その左右に金床が置かれ、一台には明珍さん、もう一台にはこの道に入って3年目と言う息子さんが座って黙々と金槌をふるって、手作りで一つ一つ作っています。

二人の叩く音は別にシンクロさせようとする意図は無い様ですが、交互に拍をいれて、いい具合に仕事場のリズムを作っています。

明珍さんの鍛冶場での火鉢や火箸の生産量は、年間7000~8000セットが限界だそうです。もちろん、流し込み大量生産の南部風鈴とは比較になりませんが、だからこそ明珍の火鉢や火箸にはファンが多いのかもしれませんね。ですから、ものによっては納品を随分と待ってもらわなければならないこともあるということでした。

ちなみに、通販で明珍の火鉢や火箸を買う時は物によっては半年待ちが普通だそうです。

明珍の火鉢と職人気質

明珍の火鉢は、先ほど述べたように、精妙な音を付加価値とした火箸です。しかし明珍さんの言葉によれば、「仕事が途絶えそうになった時期、ひたすら食わんがために工夫したこと」で、別に音文化とか、日本人の音意識といったものを考えに入れた発想ではなかったそうです。

確かに、この火箸の音が世の中からこれだけ注目されるようになっても、作っているのはもっぱら昔ながらの火箸と、それを組み合わせた「火箸風鈴」だけで、さらなる付加価値を求めて、新しい鉄製音具を開発しようといった気分は全くないようでした。

明珍さんとしては、特別のことを試みている意識は無く、音としての価値に注目するのはひたすら顧客の側の志向ということになります。そんな明珍の火鉢や火箸だから、日本の職人としての拘りを感じるのかもしれませんね。

2012年02月06日の良い言葉
人は異郷に生まれてくる。生きることは故郷を求めることだ。考えることとは生きることだ。byベルネ
21:27:16更新